食育さんの日記(「タミアのおもしろ日記」より)

GOOブログ「タミアのおもしろ日記」より移行しました

gooブログから引っ越ししました。人気記事「「元禄以前の主食は玄米」説は石毛直道先生が否定してます。」はこちらからどうぞ

以前の人気記事「元禄以前の主食は玄米」説は石毛直道先生が否定してます。はこちらで読めます。

内容を要約すると、元禄時代以前は、七分づき米や半づき米のことを「玄米」と呼んでいたのです。

現代の玄米は表面がロウ組織でコーティングされているので、白米と同じように炊飯すると、美味しく炊けないし栄養も吸収できずに腹の中を素通りしてしまいます。だから現代の玄米は圧力釜などで炊く必要があります。

徳川家康公や卑弥呼が食べていた玄米は、実は七分づき米で、表面のロウのコーティングがとれていました。だから昔は普通のお釜で玄米が炊飯が出来たのです。

なお、「七分づきとは言え、表面のロウとぬか組織を落とすなんて農家がそんなもったいないことをしていたはずがない」と思う方もいるかもしれませんが、昔の農家は土を耕すために牛か馬を飼っており、落としたロウとぬかは家畜のエサにして家畜の健康を保っていたので、とても合理的だったのです。

人気記事、ツタンカーメンの豆が実は事実でなかった話、はこちらで読めます。

gooブログ時代に投稿した「ツタンカーメンの豆」伝説の記事2本は、常に人気ベストテンに入っていた記事でした。引っ越し先は次のリンクです。

https://syokuiku3.hatenablog.com/entry/2016/08/11/235625

https://syokuiku3.hatenablog.com/entry/2016/10/09/012001

 

まとめ要約すると次の通り。

ツタンカーメンの墓の副葬品で見つかった豆は、全てイギリスのキューガーデンに保存されたので、まいて増やしたりしていません。

じや、日本で広まっている「ツタンカーメンの豆」と称するものはなんでしょう。

実は、ツタンカーメンの墓「の近く」で採取された豆を、あるアメリカ人が郵送で水戸に住んでいる日本人にプレゼントした際、英語のお手紙の翻訳ミスで、「墓の中から出てきた豆」と誤訳され、これが「善意の輪」で広がってしまったのが実態です。

 

上記のブログを書いた後に詳しく調べたところ、次のことも分かりました。

実は、この水戸の男性が地元有名小学校に差し上げて小学校教育で広まり、噂を聞いた大手出版社がタネを譲り受けて増殖し、雑誌付録にしたので日本全国に広まったのでした。

英文の手紙を正しく翻訳できていれば間違いが広まるのを防止できたのに、残念ですね。子供達に間違ったことを教えるのはかわいそうなので、皆さんも、ツタンカーメンの豆を植えている学校があったらこのブログをおしえてあげてください。

上田遙先生の「食の豊かさ 食の貧困」を読みました。

gooブログ時代には、10数年間でのべ38万1500回のアクセスをいただき、ありがとうございました。はてなへ移動してきたので、以前から読んでくれていた方はブックマークし直してくれると有り難いですです。

さて、今回は、昨年秋に発刊された、名古屋大学出版の、東大上田遙先生著「食の豊かさ 食の貧困」を取り上げたいと思います。忙しくて読むのは後回しにしていたんですが、知り合いの学者が、上田先生のこの本の中身が私がこのブログで10年間以上言い続けていた事と似ていると教えてくれたんで、慌てて読みました。そうしたら、確かに食育についてのスコープが重なっているのです。

 例えば以下の説は、私がこのブログを通じて何度も訴えかけて広めた説です。gooブログ時代に毎日数百人の方に閲覧していただき、最近理解者が現れ始めたところです。

(1)米が日本の主食という説は最近作られたお話である。

(2)食卓で家族団らんが日本の伝統という話は最近作られた話である。

(3)一汁三菜が日本の伝統食という説は最近作られた話であり、そういう説が押しつけられて消費者は精神的苦痛を受けている。

(4)大正時代の主婦の友が提示したのはサラリーマン家庭向けの美味しく経済的な食事であり、金持ち向けのハイカラ豪華料理ではない。

(5)一汁三菜が伝統食と言って良いのかどうかについては、熊倉功夫先生がふらふらしたスタンスを取っている。

(6)戦後の給食でパンを出したことでアメリカ小麦の消費が増えてお米離れが進んだという説は誤解に過ぎない。(アメリカ小麦はパンよりむしろ麺に向いていたから)

(7)ユネスコの和食無形文化遺産登録に関して、日本政府が主張している内容が、ユネスコが実際に登録した中身と違う。

 

特に4,5,7は私のブログより先に書かれたものは見つかりません。上田先生がこのブログを読んでてくれたんだとしたら有り難いですね。

gooブログが11月に閉鎖されることになったので、引っ越してきました。

初めてお目にかかる方へ。ちまたの変な食育・偏った健康情報から身を守る、お役立ちブログです。ブックマークをよろしくお願いいたします。

goo時代からの読者の皆様へ。心機一転、筆名を「食育さん」に変更しますが、これからもどうぞよろしくお願いします。

 

今日の日経土曜版の「くらし探検隊」は、着眼点は良かったのに最後が残念。

本日2025年5月3日の日経新聞土曜版「NIKKEIプラス1」の「くらし探検隊」は、災害時に備えた食料備蓄の重要性を指摘する記事でした。記者さん自身が備蓄食料で1週間しのぐのを体験し、タンパク質不足を実感したり、寒の戻りで耐えきれなくなり、ガスボンベで調理した暖かい物を食べて避難所くらしの大変さを実感したりする素晴らしい内容でした。私も大災害下の暮らしを人生で2度も経験しているので、こういう心意気はとてもうれしいです。

それだけに、最後に、生理学的にも栄養学的にも間違った説を度々唱えることで有名な小泉武夫氏のアドバイスを紹介していたのは非常にまずいフィニッシュでした。

小泉氏は、愉快な食レポエッセイストとしては才能のある方ですが、しばしば書籍で栄養学に踏み込んで、ナショナリズムに引きずられて科学的エビデンスのない健康法を発言をされる先生です。
今回の記事では、備蓄食料として乾燥甘酒とかつお節と粉末味噌と餅を常備せよ、特に甘酒は飲む点滴と呼ばれて必要なビタミン、ブドウ糖アミノ酸がとれる、と書いていますので本当に災害時のことも栄養学のことも何も分かっちゃいないんだなとつくづくため息が出ました。

まず甘酒は飲む点滴だという話は大げさです。前にも書きましたが、点滴って水に電解質(必要に応じて少量のブドウ糖も。)を溶かしたもので、嘔吐や下痢で水分が不足しているが口から補給できない方に行うことなのですから、飲む点滴という言葉自体が「黒い白馬」並に変だし、口から補給できるんならポカリでも良いのです。

しかも甘酒には小泉さんが言うほどのアミノ酸やビタミンは入ってません
嘘だと思ったそこのあなた、栄養成分表で甘酒を調べて見てご覧なさい。甘酒100グラムあたりアミノ酸の合計(タンパク質量)はたった1.7グラムですよ。150円で売っている食事用チョコバーが「1本で10グラムのタンパク質がとれます」とか謳っている時代に、1.7g程度で何をか言わんやです。
しかも甘酒のビタミンAはカロテンを合わせてもゼロ!
ビタミンCもゼロ!
ビタミンB12もゼロ!!
こんなんで何が「必要なビタミンがとれる」ですか。

というと、「いや、甘酒にはビタミンB1が含まれるじゃないか」と反論される方も居ると思いますが、東日本大震災の経験で災害時の栄養補給に詳しい東京大学名誉教授の佐々木敏先生が、女子栄養大学出版の栄養成分表2022版11から12頁でこうはっきり言っているんですよ。国が定めた「日本人の食事摂取基準」で「必要量」と定められている値は、栄養素の種類によって欠乏症が起こりうる緊急性が全然違っていると。しかもビタミンB1は高いマージンが取られてあるので、国の定める必要量より少ない摂取量でも脚気が起きにくいが、ナイアシンビタミンB12は欠乏症が起こりうる摂取量で必要量が定められているので、摂取量が必要量より低かったら急いで摂取しなければならないのです。

つまりですね、記者さんが最後に紹介すべきなのは甘酒なんかじゃないし、小泉さんより佐々木先生に取材するべきだったのです。

その上で、私自身の大災害下の経験も合わせて言うと、おにぎりや餅などの炭水化物に偏りがちな生活ではタンパク質と食物繊維不足で、栄養的にもQOL面でもつらい状況でした(特に餅には飽きて辟易しましたし、お年寄りや子供の喉につかえる危険性もありますので、あまりお勧めできません)。

そういう単調さと災害の不安を改称してくれた食事とは、結局、サバ缶や鰯缶や魚肉ソーセージ、果物や野菜などの缶詰や、コンソメスープなどの多様なスープ詰め合わせセット、そしてチョコレートなどのたまのお楽しみのお菓子でした。小泉さんの提案するような食事では単調で多くの人は音を上げてしまうでしょう。

今はハンバーグや肉団子の長期保存可能レトルトも、おでん缶も、美味しいチョコパンの缶詰もあります。そうしたものも含めてローリングストックしておくのも重宝でしょうし、多様な食品を取る方が何かの栄養素が不足するリスクを下げてくれるのです。様々な長期保存可能食品が世の中にあります。

それらを色々と取りそろえて、少しでも食事の中に楽しみがあることが、被災時に前向きになれるコツだったと、当時を思い出しながらここに記します。

あなたが肉食を減らしても、貧困国に食べ物は届きません

最近、こんな台詞を聞きませんか?
「私たちが食べる量を減らせば、飢餓の国に食品が分配される」
実はこの台詞は、脳内お花畑満開のお伽噺なんです

「世界各地の飢餓は食糧分配の問題だ」と良く言われますが、この言葉の意味は「先進国が食べる量を減らせば食品の相場が下がり、生産面積が減って価格が維持されるので、結局貧困国は購入できない。だから食糧分配は難しいのだ。」です。

食べる量を減らせば解決するなどとお伽噺を語る意識高い層は、特に肉食を糾弾します。肉になる家畜のエサは穀物だから、先進国が肉を食べる量を減らせばその分だけ貧困国に穀物が回るだろうというあまりにも稚拙な考えです

彼らは何も分かっちゃいません。
家畜のエサとなる穀物(小麦やトウモロコシ)は主に先進国の農家が作っていますので、肉を食べることを減らせば、農家は休耕や廃業で穀類生産を減少させるから価格が維持されます。だから肉を食べる量を減らしても穀類の価格は下がらず、貧困国はお金がないから飢えたままです。

じゃどうしたら貧困国が飢えなくなるのかというと、貧困国が穀類を買えるだけの経済力をつけるのが重要です。それは、貧困国内の内戦や紛争が止まって平和になり、安定的に外貨を稼げる事業が展開されることです。もちろん貧困国内での食糧の自給自足も出来ればいいんですが、大抵の貧困国の気候は不安定で土地がやせているんで自給自足だけに頼るのはリスクが大きいのです。だから海外から食糧を購入できる能力をその国が身につけることが先決です。

農業や食糧生産の市場は非常に複雑です。世界的な価格変動、貿易政策、気候変動など、多くの要因が影響します。
私たちはより広範な視点と慎重な経済分析の視点で物を見なければなりません。